プロボーカルにおけるミックスボイスの重要性と役割

もともと「歌が上手い」プロでもミックスボイスは必要なのか?

先出の記事『ミックスボイスの必要性とは?』で、その必要性について大まかに解説しましたが、今回は特にメジャーアーティストやプロのコーラス歌手にとってミックスボイスが必要かどうかに焦点を当てて解説します。

結論から言うと、ミックスボイスは非常に重要です。

この結論に至った理由として、私のプロの方々へのレッスン経験から得られたミックスボイスの必要性と重要性についてお話しします。

特に将来プロを目指す方々にとって、「自分の声を守るため」という観点からも参考になるはずです。

声を酷使するプロだからこそミックスボイスは必須

まず最初にお伝えしておきたいのは、

職業として歌う人々の歌う量と頻度は、「カラオケで歌う人」、「趣味でバンド活動をしている人」、または「仕事を持ちながらプロを目指している人」のそれを大きく上回ります。特に2015年に日本でも様々なサブスク音楽配信サービスが始まって以降、プロの歌う頻度は平均的に増加しています。

各アーティストによって差はありますが、特に、ホールやアリーナでコンサートツアーを行うメジャーアーティストの場合、使用する声の量と頻度は驚異的なレベルに達します。

下記の8つの箇条書きの内容は、私が担当する某メジャーアーティストの約4ヶ月間の実際の仕事量(声の使用量)です。

  • 楽曲制作
  • スタジオレコーディング(合計8曲)
  • MV撮影
  • 新曲リリースごとのテレビやラジオの出演(10本以上)
  • 新曲リリースごとの雑誌・ラジオのインタビュー取材(10本以上)
  • ファンクラブへの動画撮影
  • スタジオリハーサル(ゲネプロ等含 合計9日間)
  • ライブ(音楽フェスの出演&全国ツアーコンサート 合計21本)

この内容をランダムかつ同時進行的なスケジュール(全日休は無し)でこなしていきます。
この方の仕事量は、業界の中でも「かなり多い」とされているので「声の使用量」も危険なくらい多いのですが、いずれにしても一様にしてメジャーアーティストが日々求められる「声の使用量と使用頻度」が、いかに膨大なのかがお分かり頂けると思います。

このような仕事量を長期間続けるプロの方々にとって、
「声帯への負担を最小限に抑えながら声を出す方法」
「声帯や体のコンディションをどのように整えるか」
というテーマは常に「より良い音楽を追求する」という目標と密接に結びついています。

プロの方々が長期的なキャリアを築くためには、健康な声帯と体を維持し、声の質や安定性を向上させることが不可欠です。
そして、これらのテーマに対する重要な解決策の一つとして『正しいミックスボイスの習得』につながるのです。

プロのボーカルにおけるミックスボイスの必要性

では、プロの方々における「ミックスボイスの重要性と必要性」を具体的にいくつかあげてみます。

1.常に声帯を守りながら歌唱を安定させる

正しいミックスボイスの出し方が出来ていれば、声帯はもちろん下顎・舌・表情筋群、などの喉まわりの筋肉群への力みや硬直をさせず、「声帯の振動音」よりも「共鳴腔での共鳴音(レゾナンス)」がメインとなって声(母音)が体から飛び出します。
つまりミックスボイスは声帯振動音をメインに頼る「声帯に過剰な力みを入れた発声」と真逆の発声なので、『声帯への負担を軽減できる発声テクニックである“正しいミックスボイス”』の習得がどうしても必要になってくるのです。

2.スタミナの向上

正しいミックスボイスを習得して使いこなせば、声帯や呼吸器系のスタミナが向上します。
その結果、コンサートでのパフォーマンス、スタジオリハーサルでの歌唱(メジャーであれば平均6~8時間×2~3日間)やスタジオレコーディングにおいても、安定した歌声を維持できるようになります。

3.使える音域が広がる

ミックスボイスを使うことで、自分自身の音域を拡張することが期待できます。
日々仕事の現場でミックスボイスを使った歌唱を繰り返すことで、声帯やその周辺の筋肉群、呼吸器系に関わるあらゆる筋肉の「筋力と持久力」がバランス良く鍛えられます。
その結果として、デビュー当時は「安定感がないので使えなかった音階・音域」を、ミックスボイス習得後には安定して出せるようになり、人によっては楽曲のKey自体を上げたり、同じkeyの曲でも以前よりも広い音域を使って歌えるようになるなど、より幅広い音楽表現が可能になります。

4.声質・音質の向上と安定

正しいミックスボイスを習得することで、歌声の音質が向上します。
チェストボイス~ヘッドボイスにかけて音質(声質)が切り替わったり崩れたりすることがなくなります。 また声質(響きの突き抜け感)が良くなることで、力まずとも『声のマイク乗り』が良くなり、聴く側にとって歌詞が聞き取りやすくなります。

5.表現力の向上

正しいミックスボイスを使えるようになれば、声区ごとの喚声点をシームレスにコントロールして歌うことが可能になるので、「高音域の透明感」「中音域の柔らかさ」「低音域の力強さ」「前方への音圧のコントロール」「歌全体の音量のダイナミクスのバランス」など、メロディーやリズムの面白さや歌詞の表現の幅が広がり、よりダイナミックで表現豊かな歌唱が可能になります。

6.多様なジャンルへの適応が可能になる

正しいミックスボイスの習得は、そのボーカリストに様々なジャンルの楽曲を一人で歌いこなせるような柔軟性を持たせることができます。
ミックスボイスというテクニックは、邦楽・洋楽問わず、ロック、ポップス、R&B、ジャズ、クラシカルクロスオーバーなど、幅広い音楽スタイルの歌唱に適応させることが出来るので、一人のアーティストが自身のフルアルバムに様々なジャンルの楽曲を収録するということも可能になります。

結論:したがって「ミックスボイスは必要である」と言えます。

上記のとおり、いくつかの例を挙げて述べた必要性や重要性からも分かるように、メジャーアーティストを含むプロのボーカリストにとって、『健全な声を維持すること』は極めて重要であり、自身のアーティストとしてのキャリアやプロ生命だけでなく、所属するチームやスタッフ、関係者の生活にも大きく関わる重要なタスクです。ゆえに、プロにとってミックスボイスはこのタスクを管理する上で重要なテクニックの一つとなります。

先出の記事と今回の解説を通じて、「ミックスボイスは歌う人の可能性を最大限に広げるために必要なスキルである」ということや、その多大な利点を理解していただけたのではないでしょうか。

だからこそ、これからミックスボイスの習得を目指す方、そして過去にミックスボイスの習得にチャレンジしたがうまくいかずあきらめてしまった方にも、「動画やテキストに頼るだけでなく、正しいミックスボイスの訓練を提供する指導者のもとで、本物のミックスボイスとその応用法を正しく学び、あきらめずに習得して欲しい」と心から切に願います。

タプアヴォイスアカデミー
Takayoshi Makino