正しいミックスボイスの出し方と感覚とは

ミックスボイスを20年以上教え続けて

タプアが開校した1997年から20年以上にわたり、ミックスボイスを含む発声テクニックを指導してきました。
当初、日本のポピュラーミュージック界では『チェストボイス・ミックスボイス・ヘッドボイス』という概念はほとんど知られておらず、一般的な声の区別用語は「地声、裏声」程度で、私がレッスンで「ミックスボイス」という用語を使っても、レッスン受講者からは「それ何ですか?」と質問されることがほとんどでした。

しかし、最近ではその名称がプロを目指していない方でも聞き覚えがあるほど浸透したようで、個人的にとても感慨深く嬉しく思っています。

ただ、残念なのは今の日本人シンガーの歌を聴く中で「ミックスボイス」本来の響きを得られていないケースがまだ多く、これも現状として真摯に受け止めています。

そこで今回は、『本当のミックスボイスの概念』『正しいミックスボイスの出し方の判断ポイント』などについて、私の経験をふまえて解説していきたいと思います。

勘違いしたミックスボイスの発声状態とは

「ミックスボイスは出せてると思います」と初回のレッスンで自己申告され、歌ってもらうと『それちょっと違うんだよなぁ』という声の状態だった、というような方のレッスンを数えきれないほどやってきました。その中で、『なぜこのような癖だらけの発声になるのか?』という疑問点について気付いたことは、『この人は、どこかの段階でミックスボイスそのものの概念自体を大きく勘違いしてしまっている』
という点でした。

これら『勘違いしたミックスボイスの発声状態』に陥っている方に、とても多く見られる特徴をあげると、

  • 不自然な鼻周辺の響き
  • チェストボイスを無視した発声
  • 過度な声帯の力み

このいずれか、もしくは全てに当てはまっていることが原因で、正しいミックスボイスとはかけ離れた声になっているケースが多いようです。

【特徴①】鼻周辺の響かせ方の勘違い

よくある鼻音・鼻濁音の勘違い例をいくつかあげると、以下のようなものがあります。

  • 鼻骨ばかりに音を寄せて響きを作ろうとする
  • 鼻から声を抜きすぎる
  • 口の奥(軟口蓋周辺)に声を籠らせる
  • 上咽頭を軟口蓋でふさいで鼻を詰まらせる
  • 上咽頭炎や副鼻腔炎を患っていて鼻抜けの悪い声になっている

これらのいずれかの状態で発声しているパターンが非常に多いです。

ミックスボイスの響きを作るために「鼻から上の部位(エリア)」は重要ですが、「顔面上の鼻」に意識を向け過ぎた「過度な鼻音や鼻濁音」は「ミックスボイスのようでミックスボイスではない声」になります。

正しいミックスボイスの響きを出すための、「声を響かせるべき正しい位置」は、鼻腔の奥に位置する「上咽頭」という空間です。

上咽頭を広げ、共鳴させることが正しいミックスボイスを出す鍵になります。
そして、この空間こそが「ヘッドボイス」の響きを作るエリアでもあります。

とは言え、上咽頭を響かせようとするだけでは「ヘッドボイスばかりに偏った声」「鼻に引っかけただけの声(響き)」、いわゆる「ケロケロボイス」になってしまいます。
このような響きを出している方のほとんどに共通しているのは、

『チェストボイスをおろそかにしたままでミックスボイスを出そうとしている』

という状態です。

【特徴②】チェストボイスを無視する発声の勘違い

正しい位置で響かせるヘッドボイスの出し方」とあわせて不可欠なミックスボイスの条件。それは「チェストボイス」です。

本来のミックスボイスの概念を大雑把に言うと、『チェストとヘッドの響きがミックスされた声(響き)』です。

1995年に私がロサンゼルスでセス・リグス氏の自宅レッスンでリグス氏から直接教えてもらったミックスボイスの最初の説明は、
「チェストとヘッドの響きをミックスさせるからミックスボイスと言うんだよ」
この方がミックスボイスという名称を最初に口にした本人であり、その語源者であるご本人が面と向かって私に対して説明してくださった内容なので、私は否定の余地ががありません(笑)

上記をふまえた上で結論を述べれば、
「チェストボイスを無視した発声では、正しいミックスボイスを出すことができない」
ということです。

チェストボイスとヘッドボイスの響きと必要性

正しいミックスボイスは「チェストボイスとヘッドボイスをミックスさせる」ことが基本です。
その大前提として、
『そもそも、チェストボイス、ヘッドボイス、それぞれの響きを理解し、聴きわけられているか?』
という部分が重要です。

「チェストボイスは地声、ヘッドボイスは裏声」といった曖昧な判断基準ではなく、それぞれの響きと共鳴のさせ方(理解や聴き分け、体感)をしっかり習得していなければ、本物のミックスボイスをマスターするのは困難です。

ヘッドボイスに関しては、チェストボイスよりも聴き取りやすい響きを持っていますし、、最近の音楽のトレンドも影響しているのか、独学でもヘッドボイスに近い響きを使って歌う人が増えています。 正しいミックスボイスを習得するためにも、先のセクションで解説したとおり上咽頭の共鳴音を主体にした「正しいヘッドボイス」のためのレッスンは必要です。

しかし、それ以上に必要なのは『本当のチェストボイス(響き)を正しく理解し習得する』ということです。

多くの人が、チェストボイスを単に「地声」とか「低音域の音」と捉え、正しいチェストボイスとかけ離れた声になっている傾向にありますが、本来のチェストボイスは『低い周波数帯の共鳴音』です。

音を聴覚的に表現すると『排気音をともなった管楽器のような太い響き(喉を開いた状態の音)』ということになります。

「低い」と同時に「管楽器のような筒鳴り」「太い」という要素が揃わなければ、チェストボイスとは言えません。

私の師匠であるBilly Purnell (Tori Kellyはじめ全米著名アーティストを受け持つトレーナー)もミックスボイスのエクササイズを施す際は、必ずチェストボイスの響き具合や喉の開き具合をチェックします。
それほどチェストボイスは重要なのです。

だからこそ、正しいミックスボイスを習得するには、ヘッドボイスとチェストボイスそれぞれの正しい響きと共鳴方法を身につける練習が不可欠といえます。

勘違いした声帯閉鎖の意識

ここで特に注意すべきポイントがあります。
それは「絶対に声帯に力を入れない」という点です。

「ミックスボイスの練習で挫折する」「ミックスボイスの練習で声帯を痛める」という問題の多くは、過度に声帯を締めようとすることに起因します。

過剰気味に声帯を意識する原因は、エッジサウンド(ガリガリと鳴る声帯振動音)を作るためだと考えられます。ミックスボイスの響きを作る上でエッジサウンドは必要ですが、単に声帯を締めれば良いわけではありません。

正しいエッジサウンドを確認するには、以下のようなシンプルな方法があります。
・唇を閉じたまま、口の中を広げて「モー」という乳牛の鳴きマネをする。
・汚い物を見た時の「ベーッ」という反応を模倣する。

これらの方法を試してみると、声帯を締める意識なしに自然なエッジサウンドが得られることが分かります。

ミックスボイスも「正しい発声法の中の響きの一つ」であり、発声の基本である「喉(声帯)を力ませない」というセオリーを忘れてはいけません。

正しいミックスボイスの出し方の目安

ここまでの解説で勘が良い方なら、正しくミックスボイスを出す準備と手順に気づかれたかも知れません。まずは大きく分けて3要素になります。

  • 喉を開く(チェストボイスの共鳴)
  • 上咽頭を広げる(ヘッドボイスの共鳴)
  • その両方の共鳴空間を維持させたまま、声帯を力ませず発声し共鳴腔を最大限共鳴させる

この3つがミックスボイスを出す要素ということになります。ではどうやってこの響きを最大限に共鳴させるのか?その答えは『吐く息の圧力』つまりブレスです。
重要なのは『量ではなく圧力(空気圧)のコントロール』です。

つまり『呼吸法のトレーニング』をしっかり出来ているか否かの違いで、「吐く息の圧のコントロール」が出来る出来ないの大きな差が生まれます。『吐く息の圧力コントロールが必須』だということを覚えて頂ければ良いと思います。

正しいミックスボイスの感覚

ミックスボイスは『喚声点で声がひっくり返ることなく歌えるようになる』ことと、『喉全体(声帯)が楽な状態のままで力強い中・高音を出す』こと、この2つを目的とした発声技術です。

そして、習得するための第一条件は『舌、下顎、喉(声帯)を力ませることなく発声できるようになる』ことです。

ミックスボイスを出す感覚をざっくりと表現すると、次のような体感が目安になります。

ミックスボイスが出せている時の体感としては、『喉(下咽頭周辺)はひたすら息を排気し続け、上顎を中心とした頭部全体が振動して強い中高音が鳴っている』という感覚です。
逆に、歌っている最中に、喉に圧迫感、締めつけ感、引きつり感など、違和感を感じるということはミックスボイスが正しく出せていないと判断できます。

ミックスボイスの感覚をまとめると、

・軽い圧力感
ミックスボイスはチェストボイスとヘッドボイスの共鳴腔を組み合わせ、上顎全体と鼻腔に軽い圧力感を感じます。喉や声帯周辺ではほとんど圧力を感じません。

・共鳴の広がり感
強い共鳴音が口腔奥から頭頂部や頬骨、こめかみなどに広がります。この広がりが響きを良くします。

・排気の感覚
強めの呼気圧により、咽頭から鼻腔にかけて軽い排気感覚が伴います。音圧を上げると、喉頭で「呼気が吹き抜ける」感覚が生じます。

この3ポイントがミックスボイスの感覚のおおよその目安になります。

ミックスボイスの習得は一夜にしてならず

今回のテーマに対する「テキスト回答」は以上ですが、私の経験からのまとめとアドバイスをお伝えします。

ミックスボイスの練習には、まず基礎的な発声練習で喉を準備することが不可欠です。その上で、ミックスボイスの習得には通常、個別指導で数年にわたるレッスンが必要です。

ミックスボイスのコンセプトや単音での共鳴は、60分程度の対面指導で実体験できますが、歌に適用するには半年、一年、もしくはそれ以上の継続的なレッスンが必要なことも珍しくありません。

では、なぜ多忙なメジャーアーティストやキャリアを積み始めているプロボーカリストが時間を割いてもミックスボイスをマスターしたがるのでしょうか?その答えは『声帯に負担をかけず、ここから先、何年も安全に、力強い中高音を出し続けたい』という願いであり、彼らがミックスボイスを必要とする理由です。そしてこれは、プロ・アマ関係なく「歌うことが好きな人」に共通します。

だからこそ、時間をかけてでも「正しい本物のミックスボイス」を習得して欲しいと思っています。正しいミックスボイスの習得は、あなたの「声帯」を守ることにつながります。

一人でも多くの人に「正しいミックスボイスを習得し、歌を安全にラクに歌う」という感覚を得てもらいたいと心から願っています。

タプアヴォイスアカデミー
Takayoshi Makino